「いるのにいない」〜親の心理的不在が生み出す生きづらさ〜
大人になってから、恋愛関係や夫婦関係で見捨てられ不安で苦しむ場合、自身が幼少期の頃の親(特に母親)との関係にその根をもつことが多い。
例えば、
・親がいつも仕事ばかり
・親が宗教にハマっている
・いつも不機嫌な顔をしている
・精神的に不安定
・何をやっても褒めてもらえない
・「あなたのために」という過干渉
・きょうだい間での差別的扱い
そんな時、子どもの心はひとりぼっちの寂しさの中に放り出されてしまう。
その寂しさや苦痛を表現したら、さらに親の心は離れていくので、
子どもは自分の欲求や感情よりも先に、親の欲求や感情を優先することを選ぶ。
親の関心が自分よりも他にあると知った時、子どもはどうやってその寂しさと絶望を乗り越えよう。
ある子は、親に迷惑をかけないいい子になる。
ある子は、無意識に病気になって、親の関心を引こうとする。
ある子は、そもそも親を求めることを諦める。
そうやって、生き延びてきた子どもが大きくなった時、
人間関係(特に近い関係)で嫌なことがあっても、その気持ちを素直に相手に伝えることができず、自分の中に黒いモヤモヤを溜め込んでいく。
相手が自分の不機嫌さに気づいてくれて、どうにかしてくれることを期待するが、相手は一向に気づく気配なく、むしろ気楽に過ごしている姿を見て、強い憎しみと深い失望を味わう。
自分で自分の不快を解消することができなくて、
体の中を渦巻く黒いモヤモヤに翻弄されて、
夜も眠れず、どーんと落ちてしまった気持ちから浮上できない。
相手とは関係がどんどん悪化して、最悪、破綻する。
もう生きていてもしょうがないないと絶望し、
そんな自分自身もこの世界もほとほと嫌になり、
ついには自分を傷つける。
もしくは、自分を麻痺させる。
そうやってしか、やり過ごせない。
◾️愛着トラウマ~人を信頼できないことの生きづらさ~
養育者との愛着関係の中で生じる傷つき体験により、人への信頼感をもてなかったり、苦痛を調整する能力の形成が阻害されることを、愛着トラウマと呼ぶ。
愛着トラウマは、身体的虐待やネグレクトなどのいわゆる児童虐待だけでなく、子どもへの「過干渉や価値観の押し付け」や「無関心・共感の欠如」も含まれる。(参照:『愛着トラウマケアガイド』金剛出版)
過度な支配や自主性の制限は、十分にストレスフルな状態で、「子どもが困ったときに、助けを求められる存在がいない」ということでもある。
その背景には、親もまた、精神的な未成熟を抱えていたり、余裕のない環境の中で苦しんでいたりする。
「いるのにいない」現象は、こうして起こる。
愛着トラウマを抱えた人は、「あなたが大事だ」というメッセージを十分に受け取っていないため、自分自身の存在の軽さと、他者を信頼できないことによる外の世界への恐怖に苦しむ。
暴力の中で育った人は、被虐的な上下関係でしか人とつながれなくなってしまうし、
自分の「芯」が育たなかった人は、自分の心の中にある穴を埋めるために、知識を詰め込むことで自分を守ろうとする。あるいは、権力や地位に固執したり、権威を盲信する。
しかし、自分の「芯」を支える感情や欲求(本能)が使えないままに、むやみに知識を詰め込んでも、思考の中を情報だけがグルグルするだけで身にならず、生きる力は脆弱なままだ。(参照:『つながる』祥伝社)
◾️自信や信頼は誰かとの関りを通して育まれる
オギャーとこの世に生まれた赤ちゃんは、まだ自分の中の不快な何かを自分で制御することができない。
泣くことで、誰かにその不快を気づいてもらい、応えてもらうことで、快を得る。
それは同時に、自分の要求が満たされて、満足感を得ることでもある。
幼児になれば、快・不快から様々な感情が分岐して育ってくるが、まだ自分で感情を制御できないので、その感情を養育者に抱えられ、「悲しかったね」とか「怖かったね」と名付けられることで、だんだんと自分で感情の調節ができるようになっていく。
子ども時代は、日々それの繰り返しであり、その繰り返しの中で、自分の体の中に安心が埋め込まれ、自信や他者への信頼感が育まれるのだ。
一方で、
愛着トラウマに苦しむ人たちは、自分の欲求や感情、考えを認めてもらえなかったり、十分に受け止めてもらえなかった経験を持つ。
当然、自分の感情(特に怒りの感情)を感じたり、表現することが苦手な人が多い。
だから今、
見捨てられる不安に押しつぶされそうになっていたり、親への執着を手放せずにいたり、ダメな自分を責め続けていて、もう生きている意味なんてない、と感じていたら、
まずは、
「それはあなたのせいではない」
ということを知ってほしい。
これまで病院に行ったり、カウンセリングを受けてきたけれど、「どこか違う」、「何か届かない感じがする」と感じていた人は、この、子ども時代の傷がまだ十分にケアされていない状態なのかもしれない。
愛着トラウマを持つ相談者の方とのセラピーの根底を流れるテーマは、信頼関係を築いて、関係を続けていくことになる。そのための安全基地を提供することを目指し、共感を超えて、こころに反応していくことを繰り返していく。
「人は信頼できない」でも「誰かを盲信する」でもなく、この人のここは信じられるけど、ここはちょっと違うな、といった微調整ができたり、信頼できる人と自分を支配したり傷つける人見を極める感度をあげていく。
そして、絶望の先に見えてくる世界をたぐり寄せ、本来ある力を取り戻した時、生きることへの力みが取れて、少しだけ楽に、人や社会と関われるようになっていく。
自分の中に「芯」をつくるということは、
自らの欲求や感情とつながり、それを育んでいく作業
その積み重ねが、親の心理的不在を超えて、ぶれない自信につながっていく。
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【参考図書】
『愛着トラウマケアガイド』岩壁茂監修 工藤由佳著 2024 金剛出版
『つながる』代々木忠 2012 祥伝社