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複雑性PTSDについて

生きづらさの背景にある「複雑性PTSD」

感情のコントロールができなかったり、自己否定感が非常に強かったり、自分の気持ちがよくわからなかったり、他者との親密な関係がつくれなかったりする人の背景に、「複雑性PTSD」が潜んでいることがあります。

今回は、複雑性PTSDについて、まとめてみたいと思います。

 

複雑性PTSD(CPTSD)とは

複雑性PTSDという診断名は、比較的新しく(その概念自体は2000年頃から言われていましたが)、2018年、WHO(世界保健機構)による『国際疾病分類 第11版(ICD-11)』が改訂され、「複雑性心的外傷後ストレス障害(Complex PTSD)」の名称が収録されました。

複雑性PTSD(CPTSD)とは、逃れることが困難な状況の中で、長期にわたり繰り返されてきた出来事、例えば、

家庭内暴力や、繰り返される身体的・性的虐待、心理的虐待、宗教的洗脳、拘束、拷問等、

にさらされることによって、トラウマによるPTSDの症状に加え、さらに「自己組織化の障害」が生じることをいいます。(後ほど、詳しく述べますが、感情調節の障害などです)

 

⚫︎複雑性PTSDの提唱者 J・ハーマン

アメリカの精神科医ジュディス・ハーマンは、1992年に著書『Trauma and Recovery』(邦訳『心的外傷と回復』1996)の中で、

長期にわたり虐待が繰り返されたトラウマのサバイバーに、通常のPTSD症状だけでは捉えきれない、人格変化や、対人関係の歪みが生み出されることを示し、これを「複雑性外傷後ストレス障害(複雑性PTSD)」と名づけました。

 

複雑性PTSDの症状

複雑性PTSDの症状は、PTSDの症状に加え、「自己組織化の障害」を伴います。

▶PTSDの3つの症状
①再体験症状 (解離性フラッシュバック、悪夢)
②回避症状  (出来事に関する思考や感情の回避、事物や状況の回避)
③脅威の感覚 (過度の警戒心、過剰な驚愕反応)

   

▶自己組織化の障害の3つの症状
①感情制御困難 
②否定的自己概念
③対人関係障害 

(引用※一部短縮:飛鳥井『複雑性PTSDの臨床』原田誠一編 2021)

 

⚫︎自己組織化の障害とは?

「自己組織化」とは、混沌としたカオスの状態から自然と秩序が生まれ、新たなシステムが立ち現れる現象をいいます。この新たな組織化は、新たな安定状態を作り出します。

ちょっと難しい言葉ですが、人間にあてはめてみると、うまれたばかりの赤ちゃんは、まだ世界と自己の境のないカオスな状態に生きていますが、愛着関係などを通じて、複雑な自己を立ち上げ、ひとかたまりの自分として安定していく、というようなことです。

成長の過程で「自己組織化の障害」がおきると、学業、就職、結婚、子育てといったライフステージや、周りの人間関係などで、機能不全をもたらしてしまう、ということです

具体的に、複雑性PTSDにおける「自己組織化の障害」の症状がどのようなことか、ひとつひとつ、みていきます。

症状1:感情の制御が困難になる

・気持ちがとても傷つきやすくなる
・感情のコントロールができない
・自分の気持ちがわからない
・突然泣いてしまうなどの情緒不安定
・恐怖、不安、悲しみ、罪悪感などネガティブな感情がいつまでも続く
・自己破壊的な行動に出る      など

絶えずびくびくしたり、突然怒り出したりするので、周囲の人間関係に支障をきたすことがあります。喜びや楽しさなどのポジティブな感情を感じられなかったりもします。

症状2:自分自身を否定的に捉える

・こんなふうになったのは自分のせい
・自分は汚れている
・自己卑下
・無価値観や敗北感
・恥や自責の感情が強い
・世界は危険だ
・何も信用できるものはない など

「自分には生きてる価値がない」など、低い自尊心しか持てず、自信がないために実際には高い能力があるのに、十分に発揮できなかったりして挫折感を強めてしまいます。

症状3:対人関係をうまく築けない

・他者に親密な感覚を持つことができない
・人との程よい距離感が保ちにくい(近づきすぎる、遠ざけすぎる)
・対人関係や社会参加を回避する
・他者と持続的な関係を築けない
・無理に親しくしようとして態度がぎこちなくなる
・ストレスの多い状況への過敏な反応  など

ひどくなると、仕事ができなくなったり、引きこもってしまうなど、社会生活を送ることが困難になってしまいます。

 

複雑性PTSDを引き起こすリスク因子とは?

複雑性PTSDの原因となるものは、幼少期の長期にわたる身体的・性的虐待や、継続的な言語的・精神的虐待といった逆境体験だけでなく、

学校での繰り返されるいじめや、教師の不適切な体罰過酷パワハラなど、思春期や成人期でも発症します。

薬物を使用したり、リストカットをしたり、アルコールに依存しながら生き延びてきた人たちの背景に、複雑性PTSDがあることも多いです。

ただし、同じ過酷な体験をしたからといって、誰もが同じPTSD症状を発症するわけではなく、その後の環境や周囲からのケア、自身の持っている性質や特性によっても症状の濃淡が変わったり、自然治癒の過程が起こっていたりします。

精神科医で、精神療法や養生法の達人とも言われる神田橋條治先生は、
「生きとし生けるものは皆、複雑性PTSDである」といいます。

児期の愛着体験というものがすべての自然治癒機制の要因や要素になっていると考え、それが悪い人が、どんな病気も自然治癒がなかなか起こらない。

そして、多くの人は、「生育の中での自然発生的なトラウマ焦点化治療が起こっているからこそ、何とかまあまあ平和そうに日々を生きているにすぎない」とも述べられています。
(『複雑性PTSDとは何か』2021)

 

回復への歩み

複雑性トラウマの回復には、数年かかると言われます。
長期にわたって形成されてきた症状なので、時間をかけて改善していく方が安全とも考えられます。

他者や社会への不信感や不安感、傷つきやすさがあるので、行き違いが生じやすかったり、身体の不快感強くなって抵抗が起きてしまいやすいので、回復の過程は、様々な療法に出会いながら、一進一退を繰り返し、少しずつ楽になっていく、というパターンが多いのではないでしょうか。

幼少期に失ったものへの悲しみや、安全が損なわれた恐怖、感じないようにしてきた感情に向き合っていくには、土台となる安心感が必要です。何より、ヘルプを出しやすいような人間関係を作っていくことが大切だと思われます。

心理療法の中では、大きく二つの方向性があって、

ひとつは、PTSDの中核にある「トラウマ記憶」に切り込んでいかないと問題は解決しないと考える方法、つまり、どれだけ病的な部分を減らすか、というアプローチと、

もうひとつは、トラウマには触れず、どんなふうに工夫したか、頑張ったか、誰が助けてくれたか、どんないいことがあったかといった、どれだけ健康な部分を増やすか、というサポーティブなアプローチがあります。

いずれにせよ、トラウマ記憶に安易に触れないというのは大前提です。

そして、単にトラウマ記憶の処理だけでは足りず、その後、どうやって人生の意味を発見していくか、とか、どんなふうに他者や社会と繋がっていくか、というところまでが大事だということを、トラウマの臨床や研究をされている先生方が話されていました。

先述のジュディス・ハーマンは、回復過程の3段階として、

フェーズ1:安全の確立 
(信頼関係に基づく治療同盟の困難さ)
フェーズ2:想起と服喪追悼
(従来のトラウマ記憶処理とほぼ同じ)

フェーズ3:通常生活との再結合
(それまでは完全に分断されている状態)

を挙げています。(引用:『複雑性PTSDとは何か』)

★おすすめ本

複雑性PTSDに関する本は難しめの専門書が多い中で、こちらの本は比較的読みやすく、回復へのいくつもの道のりを示してくれます。自身も当事者で心理療法士の著者が書かれた回復へのサポート本です。

『複雑性PTSD 生き残ることから生き抜くことへ』
ピート・ウォーカー

 

●複雑性PTSDの治療法

複雑性PTSDの治療法には、薬物療法と心理療法があります。薬物療法だけでは改善が難しいこともあり、いくつかの心理療法が行われています。

日本心理学会のHPの中で、

「オーストラリアの治療ガイドラインでは、トラウマインフォームドケアに基づく対応、つまり、トラウマの影響を理解し、身体的/心理的な安全を重視し、コントロール感を取り戻すような働きかけが推奨されている」

と書かれています。

実際にどのようなものがあるかといえば、

STAIR /NST療法感情調節・対人関係の調節スキルを学び、トラウマ記憶を物語にしていく方法)
スキーマ療法 (認知行動療法の一つで、心の深い部分の認知に働きかける方法)
EMDR (眼球運動によって、PTSD症状を軽減していく方法)
ソマティック・エクスペリエンシング (身体と神経系の統合をベースにしたトラウマ療法)
TF-CBT (子どものトラウマに焦点化した認知行動療法)

その他、コンパッション・フォーカスト・セラピーセルフ・コンパッション臨床的マインドフルネスなども、併用されていたりします。

医療機関を探される際には、上記のような心理療法が可能なカウンセラーがいるかどうかを確認されてみるのも良いと思います。

外出することが難しい場合には、地域の保健師さんや、精神看護に特化した訪問看護サービスなどもあるので、問い合わせしてみるのもいいかもしれません。


◾️引用・参考文献

『臨床心理学 第20巻第1号(通巻115号)ー人はみな傷ついている』2020 金剛出版
『複雑性PTSDの臨床』原田誠一:編 2021 金剛出版
『発達性トラウマ その癒しのプロセス』ローレンス・ヘラー,アリーン・ラピエール著 松本功監訳 2021 星和書店
『複雑性PTSDとは何か』飛鳥井望 神田橋條治 高木俊介 原田誠一 2022 金剛出版
『複雑性PTSD』ピート・ウォーカー著 牧野有可里,池島良子訳 2023 星和書店
公益社団法人 日本心理学会HP 「複雑性PTSDの診断と特徴,および治療」丹羽まどか,金吉晴 心理学ワールド 97号  https://psych.or.jp/publication/world097/pw07/

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