大人の愛着トラウマとは?
世の中には、人間関係がいつも安定し、信頼で結ばれ、親密な関係を築いて楽しむことができる人がいる一方で、対人関係がいつも不安定で、表面的な関わりしか持てず、関係ができたとしても長続きしないという人がいます。
相談に来られる方の多くは、後者のような人間関係のなかで悩みを抱えている方です。
いったいこの違いはどこから来るのでしょうか?
その原因のひとつに「愛着トラウマ」があります。
「愛着トラウマ(愛着関係におけるトラウマ)」とは、乳幼児期に母親をはじめとする養育者との間で愛着が形成されず、もしくは不安定な形で形成され、安全安心感や信頼感が獲得できずに、情緒や対人関係に問題が生じている状態をいいます。
虐待やネグレクトといった養育者側の問題だけでなく、子どもの側の敏感さや脆弱性によっても、愛着(アタッチメント)の形成が困難になる場合があります。また、胎児期や出産時のトラウマ、乳幼児期の入院や医療処置なども愛着の形成に影響を及ぼすことが考えられます。
どんな愛着のスタイルを持っているかは、その後の人との関わり方や親密さ、恋愛や子育ての仕方、仕事や趣味、ストレスに対する耐性など、人生全般に影響を及ぼし、大きく作用するのです。
※狭義の「愛着障害」についてはこちらをご覧ください
愛着は人生の土台となる
アタッチメントという言葉の意味は「くっつく」ということです。
子どもは、何らかの危機にさらされ、不安や恐怖を感じた時に、特定の養育者にくっついて保護されることで「大丈夫だ」という安心感を得ることができます。
幼少期に十分なアタッチメントを繰り返し経験することにより、子どもは「自分は愛され、大切にされる存在なんだ」という自己価値と、「人は信頼してもいいんだな」という信頼感を獲得していきます。
しかし、アタッチメントを十分に経験できないと、自分が価値ある存在だと思えず、世の中も怖いものになってしまいます。
自分の内側に安心感が育たないため、不安や恐れ、空虚感といったマイナス感情を「外」の人や物で埋めようとしたり、自分を防衛することにエネルギーを費やすことになります。
また、アタッチメントのはく奪は、心だけでなく、身体や脳の発達にもダメージを与えることがわかっています。
このように、愛着(アタッチメント)とは、人と人との絆を結ぶ能力であり、人格や人生の土台となります。そして、私たちが日々、物事をどうとらえ、受け取るかは、この愛着の安定性に左右されていることが多いのです。
愛着トラウマが生む生きづらさ
愛着(アタッチメント)の困難があると、大人になってから次のような生きづらさにつながることがあります。
☑人との距離感がわからない
☑自己否定、自己嫌悪、自信がない
☑過去のことにとらわれる
☑ネガティブな感情にふりまわされる
☑見捨てられ不安が強い
☑子どもが苦手、自分の子どもを愛せない
☑承認欲求が強すぎる
☑怒りの感情をコントロールできない
☑消えたい、死にたいと思う
☑心にぽっかりと穴があいている
☑完璧を求めてがんばり続ける
それらは、うつ、不安、対人関係問題、依存症、摂食障害、パーソナリティ障害、DV、不登校、ひきこもり、発達の課題、等々、さまざまな生きづらさの原因ともなります。
愛着をおびやかすもの
愛着の形成を脅かす状況としては、
・親(養育者)との死別、離別などで愛着対象がいなくなってしまった。
・親(養育者)からの虐待やネグレクトを受けるなど、不適切な養育環境で育てられた
・親(養育者)の度重なる交代
・親(養育者)自身が精神的な病を抱えるなど心理的に不安定
・「仕事が忙しい」などで、親・養育者が最低限の世話はするものの、無関心であったり放任していた
・他の子ども(兄弟)と明らかに差別されて育てられた
などがあります。
また、最初に述べた通り、親側の問題だけでなく、子どもの側の敏感さや、出産時のトラブル、入院や医療処置なども愛着の形成に影響を及ぼします。
人間が幸福に生きていくうえでもっとも大切なものが安定した愛着であり、無意識にその人の人生に大きな影響を及ぼすのです。
愛着の形成
では、「愛着」はどのように形成されるのでしょうか?
現在、愛着の形成でもっとも重要な時期とされるのは、生後6か月~1歳半くらいまでと言われています。この時期を「臨界期」と呼び、この時期を過ぎると愛着の形成がスムーズにいきにくくなります。
愛着は、特定の養育者(多くの場合は母親)との間で「求めたら→応えてくれる」という関係を繰り返し経験する中で安定していきます。そこには、「抱っこ」からはじまるスキンシップと、共感的な応答が大事になります。
愛着対象となる人物から、十分なスキンシップとぬくもりをもらい、生きるための栄養を与えられ、お世話され、常に関心を払ってもらうことで、愛着が形成されるのです。
そうやって「自分は守られている」と感じることができた子どもは、「基本的安心感」と「基本的信頼感」を持つことができるようになり、心の中に「安全基地」を作ることができます。
そしてこの心の安全基地は、大人になってもなくなることがなく、人と安心・安全でつながったり、未知のものにチャレンジするベースとなります。
また、十分なスキンシップは、子どもの成長を促すホルモンや、免疫力を高める物質や、心の安定にかかわる物質の分泌も活発にします。
愛着が脅かされるもっとも深刻な状況は、死別や離別などで「愛着対象がいなくなる」ことと、守ってくれるはずの親から「虐待やネグレクトを受け安全が脅かされる場合」ですが、一見普通の家庭に育っているように見える場合でも、親の期待を過度におしつけられていたり、心理的に支配されている場合には愛着の傷へとつながります。
愛着のスタイルとは
「安定型の愛着スタイル」を持つ人は、人を信頼し、ものごとを肯定的に受け止めることができるので、どんな相手にもきちんと自分を主張したり、困った時には人に助けを求めることができます。そのため、人間関係も安定し、成功のチャンスもつかみやすく、前向きな姿勢で人生を楽しみます。
「不安定型の愛着スタイル」を持つ人は、対人関係に困難を生じやすかったり、うつや不安などの精神的な問題をかかえやすくなります。ネガティブな感情にとらわれてしまったり、感情をコントロールしにくかったり、自己否定や自身のなさも強いため、社会や組織の中での生きづらさを抱えたり、人と本音でつながることができずに孤独感をもちます。
不安定型の愛着スタイルは、さらに2つのスタイルに区別されます。
親密な対人関係を避ける「回避型」と、親密な関係を持っていても不安になり、もっと完全な親密さを求める「不安型」です。
「回避型愛着スタイル」の人は、距離をおいた人間関係を求めます。親しい関係や情緒的な共有を心地よいとは感じず、むしろ重荷に感じて、心理的にも物理的にも、人とのつながりから距離をおこうとします。他人に迷惑をかけないことがいちばん。人とぶつかったり葛藤することが苦手で、ひとりの方が気楽。どこか醒めたところがあり、表情や感情表現も乏しく、クールでドライな印象を与えます。人に頼られることは面倒で、助けを求められると怒りがわきます。
「不安型愛着スタイル」の人は、対人関係の中でいつも人に気を使い、相手の顔色をうかがいます。
「人に嫌われていないか」「人に受け入れられるかどうか」が一番の関心事で、愛されたい、認めてもらいたい欲求が強く、過剰な気遣いばかりして空回り。
拒絶されたり、見捨てられることに対する不安が大きく、他人の言動に過剰に反応します。相手にさからえない傾向が強く、依存的で、「人は自分を傷つけたり否定したりするうっというしい存在だ」とも感じています。
回避型と不安型がいずれも強い場合は、「恐れ・回避型愛着スタイル」と呼ばれます。
対人関係を避ける面と、人の反応に敏感で、見捨てられ不安が強い面との両方を抱えているため、対人関係はより混乱し不安定になります。被害妄想的になりやすく、親しい関係になって相手を求めたい気持ちが強くなるほどにうまくいかなくなるという矛盾に苦悩し、人を信じられないジレンマの中で、ささいなことにも傷つきます。
(参考:「愛着障害」岡田尊司著)
自分がどのスタイルの傾向があるかを知るだけでも、「今自分の中でなにが起きているのか?」「なぜこのような反応になるのか?」を客観的にみていくことができるようになります。
愛着トラウマからの回復
「愛着トラウマ」からの回復には、まずは「安全基地の形成」が必要となります。
その人の身近にいる存在が「安全基地」となることで、愛着の安定を図っていきます。
家族や友人、パートナーや先輩の場合もあれば、支援者やカウンセラー、セラピストが支え役になることもあります。支える側にも不安定な愛着の問題がある場合には、関係がぎくしゃくしたり、症状が悪化したりと、回復がうまく進まないので、支える側が安心安全の基地となる能力に長けた人からのサポートが重要です。
愛着は1対1の関係なので、交友関係を広げる必要はありません。助けを求めたときに応えることができ、求められていない時には応えない、必要な時には「それは違うよ」とはっきりと叱ってくれ、それでも自分の存在を受け入れてくれる。そんな安全基地となりうる人との信頼関係をじっくり築いていくことが大事です。
※当相談室では、「コンパッション・フォーカスト・セラピー」という手法を用いながら、自分の内側に安心感を育てていきます。
次に、セラピーなどで傷ついた経験を語りつくし、未解決の心の傷を癒していきます。
自分の中にあるモヤモヤを言語化して、抑圧してきた感情を解放していきながら、自分が傷ついた自分の心を受け止めていく。その中で、認知のゆがみ(誇張的・否定的・非合理的な思考パターン)に気づき、生きづらさの原因となる思い込みを書き換えていいます。
他者との身体的・心理的な境界線を引き、「私は私の人生を生きる。私にはその力がある」と主体的な自分自身を取り戻していきます。
※当相談室では、「感情焦点化セラピー」と「ファミリー・コンステレーション」という手法を使いながら、無意識の深い部分までアプローチしていきます。
愛着の傷が胎児期や乳児期など、より早い段階で始まっている場合には、「言葉以前」のアプローチも効果的です。
例えば、自分の感情や感覚をなかなか感じ取れなかったり、逆に過剰に反応してしまう場合、恐怖が強すぎる場合などには、言葉以前までさかのぼった「原始反射」への働きかけによって、体の中に安心・安全を入れていくという身体アプローチが有効です。
※当相談室では「原始反射統合セラピー」という手法で、より早い段階での愛着障害へアプローチしてきます。心理セラピーを続ける中で、原始反射が強く残っている可能性があると判断した場合には、こちらから提案させていただくこともあります。
少し前までは、愛着障害は回復が困難なものとして考えられていましたが、現在では、「脳の可塑性(学習や経験で脳細胞に変化があらわれる)」や、愛着障害そのものに対する研究も進み、愛着トラウマが克服できるものとしてとらえられはじめました。
私自身の経験からも「大人になってからでも愛着トラウマは回復はできる」と考えています。
幼い頃の愛着の問題を抱えた人は、過去にとらわれ、生きづらさを感じながらとても苦しい人生を送ります。その一方で、その制約や課題から自由になり、自分の可能性を広げていきたいという大きな成長の力も持っています。その葛藤が、その人の人生をより深いものへと掘り下げてくれます。
愛着を回復させ、生きづらさを乗り越えた先には、豊かな人生とともに、
自分らしいアイデンティティを手に入れ、本当の意味での自立を達成することができるのです。
安全基地を取り戻して、安定した愛着を結びなおすことは、「生きる意味」を取り戻すこと。
もし今生きるのが苦しくて、ひとりで悩んでいるとしたら、まずはカウンセリングでご相談ください。
あらゆる可能性をさぐりながら、全力でサポートさせていただきます。